MWV昭和50年度卒同期会
  情断ワンデリング
   2012/6/30〜7/1  
      会津駒ケ岳 2133m(百名山) 
  原田、小川、宮澤、小田野


駒の小屋前、雪が多い

会津駒ケ岳、38年振り

中門岳、38年前、奥只見湖からここへ登り詰めた

キャンプ場、食べ物は質素、というより貧弱、我々同期はこれで満足

Hが企画したうちのひとつ、会津駒ヶ岳登山とキャンプを楽しむ同期のイヴェントは、参加者のスケジュールの都合により梅雨の真只中に行った。小雨なら決行としたものの毎日気になっていた天気は、前日予報で見事に晴れマークに変わった。晴れ男Hの威力は、今回、数ヶ月前の骨折が未だ回復せずに不参加となったTの怨念をものともしなかった。

Hの勤務先が法人契約している東急ハーヴェスト鬼怒川で前夜泊をしようと、H、KO、Mは電車で東武線の小佐越へ向かう。GOは勤務先から車で向かい小佐越駅で出迎える。温泉に入って一杯飲んで騒いで、というパターンに浸りたいのは誰しも考えること。

翌朝、5時に出発すべく身支度をしているとMが「財布がない」と騒ぎ出した。昨夜に風呂場で置き忘れた?いや、その後自販機でビールを買ったよ!それでも風呂場と自販機コーナーを見に行く。やはりない。ザックの中身を全部出して何度も探る。洗面所からベッドの下、ゴミ箱の中、布団の間、他人のザックの中の隅まで調べてもない。4人部屋の中はMの動揺のために大騒ぎとなった。フロントに落し物がないか確かめても届けがない。Mの落ち込みは見るも無残。探し疲れたGOがMのザックをぼんやり見る。天蓋の内側のメッシュのポケットが目に入った。財布をザックにしまうなら最も可能性の高い普遍的とも言える場所である。まさかと思うが念のためにポケットの上を手で探ると、最初につかんだ感触はまさに財布以外のものではない。「これ何だよ〜」、Mが「え〜!3度も調べたのに」とそれでもほっとしたか「おっかしいよな〜」「よかったな〜」「悪かったな」「だめだな〜」「あ〜あ〜」「年食ったな〜」「どうなるかと思ったよ」「よかった、よかった」ぼやきぱなっし...

朝のひと騒ぎが終わって予定通り5時に出発。GOの巧みな運転で予定通り7時に登山口に到着。何組ものグループに追い抜かれながらも順調に歩いて予定より少し早いくらいで山頂へ到着。日光白根から燧ケ岳、至仏山、平ヶ岳から越後三山、浅草岳等、展望が素晴らしい。雪が多く、中門岳への湿原木道歩きは、歩きにくい雪上歩行だった。我々のリーダー養成は越後三山の手前に見える未丈ヶ岳から藪歩きをして、奥只見湖を船で渡ってこの中門岳に登り詰め、七入へ降りた。35年前の記憶はまったく蘇らないが、とても満足な登山であった。

キリンテでテントを張り、GOが用意したスクリーンテントにテーブルと椅子という我々にしては贅沢な夕べを楽しんだ。我々の仲間は、魚肉ソーセージやら枝豆やら、サバの缶詰やらレトルトカレーなどで充分満足する、食い物にほとんど不満を言わない大人の集まりなので、全く手がかからない。翌日は午後から雨が降るというので早々に帰宅の途に就く。その前に七入へ行き、リーダー養成で使ったテン場を確認する。三十七年前は広い空き地だったが、今は大きな木も生えた背の高いササ藪になっていて、記憶の断片も見出せなかった。こんなものかと、過ぎ去った年月を振り返って、みんなで納得。光陰如矢。


まだ遠い

まだまだ遠い

登山口

雪が多くて歩きにくい

やっとここまで来た

雪の上でご機嫌

一等三角点だ


山のカップめんは美味

中門まではほとんど雪の上

こんなとこ、来たっけかな〜

我が会で初のスクリーンテント、いいね!

七入(ナナイリ)の38年前のテン場

当時はなかった実川林道

七入山荘、当時もあった


燧ケ岳と至仏山

中門岳への稜線
中門岳

イワウチワ

ムラサキヤシオ

イワナシ

キリンテキャンプ場

酔っ払い